はじめに

「言、心聲也。書、心畫也。」

揚雄(前53~後18)『法言』問神

 私たち「人」は、それぞれが個性、もっと言えば1人1人が違う「性格」をもっています。そして、性格の違いは行動の在り方の違いとして、日常生活のあらゆるところに現れます。たとえばせっかちな人は、先を急ぐ心理によって歩くスピードも速くなるのではないでしょうか。

 しかし、普通の行動の痕跡は時間の経過にともなって消えてしまいます。もし仕事の鬼になって努力を重ね、果てに社長にまで上り詰めた人がいたとしても、その努力の一端が数々の逸話として残っている程度で、一挙一動は時間とともに忘れられ、消えていくでしょう。この人物の当時の心情などを推し量ることはできません。

 ところが、「筆跡」は違います。

 前漢の学者である揚雄は、自身の思想書『法言』で、「言葉は心の声であり、書は心の経過の痕跡である」といいました。言葉とは面と向かって自分の気持ちを表現し、人と人とを繋いでゆくものです。一方で、書とは伝えようとした内容を、時代や距離の垣根を越えて広く伝達するものです。言葉とは異なり、書は残りつづけるのが特徴です。

 ……そう、筆跡は「残る」のです。そして、筆跡とは文字を書くという「行動の痕跡」です。つまり、筆者固有の傾向もまた筆跡に残っているのです。よって、筆跡を分析することで、筆者の性格や心理状態などといった「人物像」が見えてきます。これが「筆跡診断」です。

 筆跡の分析は、ヨーロッパ(特にフランス)では「グラフォロジー」(筆跡学)として、19世紀ごろから盛んに研究が行われてきました。筆跡診断士としての資格を持ち、それを生業としている「グラフォログ」とよばれる人々も多く存在します。しかし日本では、筆跡診断はなじみがなく、それで何ができるのかということすらあまり知られていません。

 簡易筆跡診断AIは、数ある文字の中でも顕著に個性が現れる、「口」「様」の2文字から簡易的に筆跡診断を行うものです。筆跡診断とはどういうことなのか。筆跡診断で何が分かるのか。筆跡診断のことをもっと身近に感じてほしいという思いから、本AIが作られました。本AIが多くの方にとって、自分を見つめ直す1つの機会となってくれることを期待しています。

監修者より

 「書は人なり」とは昔からよく言われているが、では、書がどのように人なのか、具体的、体系的に説明されたことはなかった。

 しかし、近来「筆跡診断」という言葉を次第によく耳にするようになり、健康診断などと同じく科学的診断様式も整い、自分の書いた字のあり方が分析され、書くという行動のあり方が実にわかりやすく説明されるようになった。

 かつて“不治の病”とまで言われた結核も、レントゲンの普及により健康診断の結果激減し、ビタミンBやC不足がもたらす病気もサプリメントの補給でゼロに近くなってきた。

 今般AI技術の進展から、筆跡診断も多数の人が手軽に受け、多くの人は自信と自分の気付かなかった特徴の発見に刺激・意欲をもたらしている。問題点のある人にはサプリメントに相当する改善指導も用意されている。多くの人のご活用を期待したい。

監修者紹介

森岡 恒舟
(もりおか こうしゅう)

 1933年生まれ。香川県出身。

 1975年に書道学院を設立。そこで先生をしている最中、生徒の筆の動かし方に根強い心理的要因があることを発見。それがきっかけとなり、1980年ごろから筆跡学の研究に打ち込む。1992年より筆跡診断士育成の仕事にかかり、1994年、日本グラフォログ協会(現・日本筆跡診断士協会)を設立。

 現在の職務は、相藝会・書道教育学院学院長、日本筆跡診断士協会会長、相藝会・筆跡鑑定研究所所長。